Trip Ampersand
ハワイの旅
旅行期間:2007年9月 6泊7日
旅のキーワード:海、自然
1日目:関空→オアフ島
2日目:オアフ島→カウアイ島
3日目:カウアイ島
4日目:カウアイ島
5日目:カウアイ島→オアフ島
6日目:オアフ島
7日目:オアフ島→関空
2007年に旅した記録。
こういうハワイ旅もあるのです……。
旅は道連れ、世は情け。
上手く言ったものである。連れがいればそれなりに、格好がつくというものである、旅というのは。更に情けが加われば、無謀な旅も楽しい思い出となったりするのである。
道連れはわが妹。ただし、妹と呼ぶと心外だと声には出さずに不満を零す。いやいやしかし、たった七分の違いと言えど、日本の法律は先に出生した者に姉を名乗る権限を与えているのだから仕方ない。文句があるなら法務省へどうぞ。
情け深いのは南国の島、ハワイの人々。いつもながら、人々の目一杯の善意で成り立つ旅路は、傾斜三十度の斜面も同じ。時には直滑降で、心臓の悪い方は要注意。それから、良い子も真似しないでね。
用意したのはいつものように、GパンにTシャツ。スニーカーにリュックを背負ってさあ、出発。荷物は必要最小限。十分機内持ち込みできる大きさに詰め込むために、圧縮袋は必需品。ハワイアンからみれば、サブバックの仲間でも、私たちの背中にはぴったりな大きさ。
ハワイ旅行1日目 関空 → オアフ島
常夏の島、ハワイ。
誰もが憧れるビーチリゾート。
リッチで優雅な一時を過ごせること間違いなし!
そんな夢見心地でホノルル空港へ降り立った女二人。既にこの時点で、なんだか違う。周囲で二人連れ、といえばもちろんカップル……。
初日は旅の疲れを癒すべく、早めに宿にチェックイン。予想されたことだけれど、ホノルルのど真ん中で、ユースホステルに泊まる日本人なんて、他にいなかった。

ハワイ旅行2日目 オアフ島 → カウアイ島
そして二日目。
その日、飛行機でカウアイ島へ移動することにしていた私たちは、前日に空港行きのリムジンバスを電話予約していた。
ところが、朝7時に迎えに来る約束だったのに、時間を過ぎても一向にやってくる気配がない。
そろそろ15分になろうかという頃、一台の黒いバンが私たちの前に停まった。
「昨日予約していた者ですけど……。これがそうですか?」
そう尋ねると、降りてきた運転手は
「Yes, Yes!OK!OK!さあ、乗った乗った!」
と勢いよく鞄を積み出した。
妹は何となく心配そうではあったけれど、ちゃんと確認もしたことだし、大丈夫大丈夫!と半ば自分に言い聞かせながら乗り込む。
しかし、いざ車が走り出すと、どうもおかしい。
明らかに他のお客さんを乗せる気配もなく、運転席横には料金表示のメーターが!!!
「タクシーやん!」
如何なる時も、突っ込み忘れないのが大阪人の信条。
まだ信号一つ分しか走っていないのに、料金は既に5ドルを越え、そうしている間にもどんどんメーターは上がっている。「どうすんのよ!だからおかしいっていったのに!」とヒステリックに妹から責められ、パニックになった私は運転手に怒鳴りかかった。
「ちょ、ちょっと、さっき私が予約の確認したら、YESって言いましたよね!だから乗ったのに!どうしてくれるんですか!」
運転手は移民らしく、英語がわからない――のか、わからないフリをしているのか。しかし、ここで負けるわけにはいかない。自分でも意味不明に騒いでいると、その剣幕に観念したのか、
「All Right!さっきの場所まで戻るよ」
相手が折れた。見たかっ!大阪人の底力!
とは言うものの、道はやたらと一方通行が多く、スムーズには引き返せない。やっとの思いで元いた場所までたどり着く。この間5分。
もちろん料金を払う気などなく、向こうもこれ以上、関わり合いたくない、とばかり、無言のまま私達を降ろすと、逃げるように走り去った。やはりアメリカ。権利は主張したもの勝ち・・・・・?
それはさて置き、宿の前には先ほどまではいなかった女の子が一人立っていた。
「ねえ、リムジンバス、見なかった!?」
挨拶もそこそこに、鬼気迫る形相で尋ねる。そんな私達に、ちょっと引きながらも、
「あ、それなら、誰もいないからって、さっき出ちゃったわよ」
と教えてくれる。
「え、うそ、そんな・・・」
そのバスに乗らなければ、飛行機に間に合わない。
私は重いかばんを背負ったまま(これまたハワイに似つかわしくないバックパック)、電話ボックスまでダッシュ。リムジンバス会社に電話をかける。
「もしもし!あの、バスに乗り遅れたんですけどっ!」
自分が何語を話していたのか、焦りすぎて記憶が定かでない。とにかく早口にまくし立てていると、
「わかった、わかった。バスには戻ってもらうから・・・」
との回答。本当に戻ってくるのか三回は聞き直す。電話口の男性は明らかに苦笑混じり。それでも、YESの言葉をもらって一安心。
この十分少々で、一日のエネルギーを使い果たしたかのように全身汗だく、ふらふらでバスに乗り込んだのだが、まだまだこれは長い長い一日の始まりにしか過ぎなかった。
何とか無事にホノルル空港に到着した私たちは、他10人ほどの乗客とともに小型ジェットに乗せられて、カウアイ島へ向かった。
ハワイに来て、なぜこんな思いをしなければならないのか、というくらい、冷房ガンガンの機内。ガタガタと震えながらひたすら一時間のフライトを耐えた。
カウアイ島初日の目的はリバーカヤックだ。卵三つは使用のハイ・コレステロール特大オムレツで腹ごしらえを済ませた後(もちろん、残さず食べた)、いよいよカヤックツアーへ参加。
ツアーガイドは二十歳を越えたかどうか、という元気なハワイアンガールで、他の参加者はみな、英語圏出身のカップル。早口で、しかもカジュアルフレンドリーな出発前のガイドの説明(カヤックの乗り方や漕ぎ方、もしもの場合についてなど)に、ついていけていないのは私達のみ。
「みんな、わかった?」
と聞かれても、わかりません、という勇気はなし。
で、よくわからないままに出発となる。

川といっても、太くて長いワイルア川なので、流れは比較的穏やかだった。しかし、周囲はみなカップル。つまり漕ぎ手の一人は男性。しかも大柄な欧米人。見る間に取り残されていく私達。
雄大な景色に包まれて、のんびりカヤック、との幻想は見事に崩れ、必死でみんなを追いかける。どうにか追いついてカヤックを降りると、今度はハイキングが待っていた。
足場は悪く、歩き辛い。しかし、ガイドの彼女はなんと裸足!周囲のカップルはもちろん、レディーファーストの紳士が淑女の荷物を持ち、時には手を引き、肩を貸し…ちょっと(いやかなり)羨ましい。ツアー中のカップル二組はともに旅しているようだったが、どちらも超ナイスバディ(百キロを超えているんじゃ……)の彼女に、細身の彼という組み合わせ。サポートする男性も大変だな、と少し気の毒になったりもする。本人幸せそうだから余計なお世話か。
鬱蒼と茂る原始の森を歩き、マイナスイオンを体いっぱい吸収。気分もリフレッシュ。
さあ、帰るぞ!と気合を入れたはいいが、スタートから出遅れる。水中に漂う不安定なカヤックには、乗り込むのに一苦労だったのだ。
忽ち他のメンバーの姿は見えなくなり、必死にオールを握る私達。気を抜くとすぐに進路が変わるので、その度に修正しなければならない。
「ちょっと、ちゃんと漕いでよ!」
「そっちこそ、休まんといて!」
照りつける太陽。進まぬ船体。疲労はピーク。
たまに口を開いても、相手への愚痴しか出てこない。
どうにか集合ポイントまでたどり着くと、待ちくたびれた様子のメンバーが一斉にオールを漕ぎ出した。私達は全く休んでいない!でも、そんなこと言えるわけもなく・・・・・・
最後の力を振り絞り、やはりラストでフィニッシュしたのであった。
そして、一日はまだまだ続く。
無事にカヤックツアーを終えたは良いが、全身ずぶ濡れ。しかも、予想以上に時間がかかり(自分達のせいなのだが)、既に日は落ちようとしている。暗くなるまでにレンタカーを借りて、宿に向かうはずだったのに。
取り敢えず近くのショッピングセンターまで歩き、トイレで文字通り全身の着替えを済ませ、レンタカー会社へ行くためにタクシーを呼ぶ。
流しのタクシーはいないので必ず呼びつけなければならない。が、疲れもあって、相手の言っていることがほとんどわからない。自分のいる場所はどうにか伝えたが、最終的にどこに迎えに来てくれるのかもわからないまま電話を切り、妹に怒られる。というのも、駐車場が結構広く、入り口も何箇所かあったからだ。
結局、どこからタクシーが現れても見つけられるよう、薄闇の中荷物を抱え、あっちへうろうろ、こっちへうろうろする羽目になった。しばらくして、はっと振り返ると、先ほどまで後ろを歩いていた妹がいない!身長150センチ未満(それ以上は企業秘密)の背の低い妹(自分のことは棚に上げておく)を、並んだ車の間を縫って探す。この間にタクシーが来たらどうしようと気は動転。なりふり構わず妹の名を大声で叫ぶ。しばらくすると一台の車が目の前に現れ、その陰から妹も顔を出した。
「ちょっと、タクシー来てるのに、何やってんのよ、もう!」
と、こちらの心配を余所に小言を言われながら、タクシーに乗り込む。誘拐……のわけないか。こんな金持ってなさそうな私たちやし。
レンタカー会社はカウンターがやたらと高く、こちらはほとんど背伸びしてやり取りを交わさなければならなかった。受付のお姉さんからは私達の首しか見えていなかったことだろう。
「車はその辺においてあるから。ダメージチェックして、書き込んどいて」
と紙を渡されたものの、暗くて傷があるのかどうかもわからない。まあいいや、と乗り込むが、当然ながら、左ハンドル。
「え、ハンドブレーキどれ?えっ、ライトどうやってつけるの?あれ、このボタン何!?」
運転を始める前からドライバー(妹)の緊張がこちらに伝わってくる。
そして、いざ、出発。
暗闇では地図も見えない。妹に「こっちであってるやんな!」と聞かれる度に、「う、うん!」と頷くものの、本当は全く自信なし。
怖くて左折ができないと妹が言うので、どうにか右手に見つけたケンタッキー(KFCと呼ばれている)で食料調達。二人とも疲労のあまり思考能力ゼロ。メニューを前に立ち竦むこと数分。店員の冷たい視線を浴びながら、テイクアウト。お腹は空いていたが、今は少しでも早く宿にたどり着いて体を休めたい気分だった。
道は舗装こそきれいになされているものの、幅が狭く、中央線もほとんど消えかかっている。街頭さえない暗闇の中を道路だけが先へと続く。島全体が山のような土地なので、アップダウンやカーブが頻繁にあり、前を走る車がいなくなると、もはや車道を走っているのかも疑わしい。
「怖い!怖い!」と半泣きの妹。
それもそのはず。
メーターを見る勇気がなかったが、車の揺れからすると百キロは出ている。それでも、他の車よりはゆっくり走っている。後ろから来る車にすぐに追いつかれ、張り付かれるため、これ以上はスピードを落とすわけにいかなかった。その上、慣れない左ハンドルのせいか、まっすぐ走ることができず、車体は右に寄っていく。助手席(右側)に座る私は、命の危険をヒシヒシと感じる。顔は引きつり、緊張のあまり息も苦しい。
十分が一時間にも感じられる中、妹が
「…目的の街って、もしかして、もう通り過ぎたんちゃう?」
確かに、いくつかの(恐らく)街を走り抜けた。
「え、まさか……」
この暗闇では標識があったとしても、見過ごしている可能性は大きい。
「じゃ、地図見るから、止まって」
「このスピードじゃ、無理!」
私は目を皿のようにして、止まれそうな場所を探す。
「ほら!今!とまって!!!」
ほとんど急ブレーキで、強引に車を止める。
見ると妹は顔面蒼白で、手が震えている。
私も泣き出したい気分だったが、何として目的地まではたどり着かなければならない。このまま進むべきか。引き返すべきか。
すると、後ろから一台の車がスピードを落とし、近づいてきた。辺りは真っ暗で、何もない。そして、私達の車の後ろにピタリと停車した。
ドアを開く音がした。足音が近いてくる。息を詰める私達。そして、座席横の窓が叩かれる。 なんか映画のワンシーンでよくあるよな。ちょっと、すみません。とか言って窓を開けた途端、銃を突きつけられたりするんだ。そう、ここはアメリカ。銃社会。
「どうしたの?大丈夫」
ゆっくりと窓ガラスを下げ、恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのはかわいらしい女性だった。慌てドアを開けて車内の明かりをつける。
「道に迷ってしまって……」
「どこに行きたいの?」
私達が持っていた簡単なドライブマップと、宿までの道順が書かれたメモ(地図は無し。右手に見える大きなタンクを通り過ぎるだの、次の郵便ポストを右だの文章で書かれている)を差し出す。
「近くまでならわかるから、私について来なさい!」
そう言って、彼女は車に戻って行った。
はい!もちろん!ついて行きます!どこまでも!
ほっと一安心、と思いきや、彼女はもう車を動かしている。まだシートベルトも付けていない私たちは焦る。そして、この後、もっと焦ることになる。
そう、彼女はスピード狂だった。いや、地元民は皆、こんな感じなのかもしれない。とにかく速い。アクセル全快。もう何も考えられない。考えたくない!ひたすら彼女の車の赤いランプを追いかける。
一体どのくらい走っただろうか。とある町の一角にある売店の前で、彼女は止まった。突然のことで、きれいに駐車、なんて芸当ができるはずもなく、ほとんど店の入り口を塞ぐような格好で私達も車を止める。
「ちょっと待ってて。店の人に聞いてみるわ。私が知っているのはこの街までだから。」
放心状態の私達を余所に、すたすたと店へ入っていく。我に返った私がどうにか車を降りると、既に店主と話をつけていた。
「さっきの紙、見せて」
書いた本人自認の(わかりにくくてごめんなさい、とメモにあった。)曖昧なメモを、言われるがままに手渡すと、受話器を手に取り、ダイヤルを回し始めた。
「もしもし、あの、この街で店をやっているものですがね・・・」
そして何やら知らぬ間に交渉成立。
「宿の人が迎えに来てくれるそうだから、あんたたちはここで待ってなさい」
「よかったわね。私は用事があるからもう行くわ。じゃあね」
迷える子羊をここまで先導してくれた女性は、そういって店を後にした。そんな命の恩人に、私達はただただThank Youを繰り返すしかなかった。
彼女が去った後も、店の前で迎えの車を待つ私達。店の入り口から店主(勝手に銘銘。肝っ玉母さん)が心配そうに見つめている。
「大丈夫よ。待ってれば、絶対来るから」
なんて言葉を、時折かけてくれたりする。思わず、デパートで親と逸れ、店内放送してもらった後、泣きながら迎えを待っている子供を思い浮かべる。今、二十云歳の立派な大人です、といっても誰も信じてくれないだろう。
来るとわかっていても不安は消えず、店の前を通り過ぎる車を絶え間なくチェックしていると、一台の乗用車が店にやってきた。思わず身を乗り出す。
車から出てきた男性は、陽気に肝っ玉母さんと挨拶を交わす。どうやら知り合いのようだ。しばらく二人して店の中に消えた。その間に私たちの事情を聞いたらしく、店から出てくるなり話しかけてきた。
「そこまで、ピザを取りに行ってね。一人で食べ切るにはちょっと多いもんだから、彼女におすそ分けに来たってわけよ。あ、そうだ。あんたらもお腹、空いてんだろ?ほら、出来立て熱々。旨いから食べてみな」
そういって差し出されたピザの匂いは、何とも魅力的だった。気がつけば、まともに食事したのはカヤックツアーに参加する前。
今はもう八時を回っている。緊張で忘れていたが、お腹はもちろん空いている。でも、私たちまでいただいてしまうと、彼(親分と名付けよう)の取り分は半分になってしまう。どうしよう。と迷っているうちに気がつくとふた切れのピザが手渡されていた。
「あ、ありがとうございます」
と恐縮していると、更に、
「おお、そうだ。咽喉も渇いてるよな。ちょっと待ってろ」
車に戻った親分はトランクを開け、何やらごそごそ。
「ほら、コーラも飲むだろ。ダイエットコーラだからカロリーも心配なし。遠慮するな、まだまだあるから。冷たくて、旨いぞ」
年季の入った愛車のトランクに積むはダイエットコークの詰まったクーラーボックス。謎だ……。
しかし、はっきり言って、問題はダイエットコーラかどうかでも、冷えているかでもない。私はコーラが飲めないのだ。いえいえそんな、お気遣いなく、という私の反応を純粋な遠慮と受け取った親分は、容赦なく2本のコーラを押し付けた。
「道に迷ったんだって。何だったら、俺んとこ来いよ。まだピザもコーラもどっさりあるしな」
「ちょっと、あんたたち気をつけなさいよ。ほら、もう帰った、帰った」
笑いながら出てきた肝っ玉母さんに追いやられ、
「まあ、楽しんでいきな。この島に来たこと、歓迎するぜ」
と意気揚々、帰っていった。
私は、赤ら顔の彼の後姿がちょっぴり心配になった。アルコール入りでこの道をあのスピードで飛ばすのか。ほんと、お気をつけて。
そうしてとうとう、待ち人来たり。
赤いジープでやってきたのは、ワイルドな雰囲気が魅力的なイケメン!どうもお世話になりました、と店の人にもぺこりと挨拶。手を振って別れを告げて、いざ出発。
後は彼に着いていくだけ、一安心。と思いきや、
「ねえ、迎えに来た車って、あんなんやったっけ」
妹が発した一言に凍りつく。
前方を走るのは・・・・・どう見ても赤いジープではない。
「えーっ!!!」
走り始めてまだ一分と経っていない。どこをどうやったら見失えるのか。
「っちょっと、何やってんのよ!なんで見てみてなかったん!」
「どうしよ!どうしよ!どうしよ!」
焦りすぎて会話も成り立たない。
「と、と、取りあえず引き返そう!Uターン。早くUターンして!」
「そ、そんなこと言ってもこのスピードで無理やわ!」
「とにかく、やるしかないやろっ」
人間、やればできる。どうにか急ブレーキで強引に左折。私達は右側を走っているので。対向車を見極めつつ、後続車に追突されず左折できたのは、今思えば神業。
数分後、お馴染みとなった店と道路を挟んで反対側に車を止めていた。店の人に目撃されたら恥ずかしすぎる失態。
結局、この判断は正しかった。程無くして、見覚えのあるジープが前方に止まり、笑顔でお兄さんが降りてきた。彼も焦ったことだろう。どうやら出発してすぐ、方向転換のため彼は右折したようで、それに気づかず私たちは直進していたのだった。
今度は彼もゆっくりと発進。妹もピタリとついていく。そして進むは森の中。途中からは舗装もされていない。もちろん街灯も全くない。車一台どうにか通れる細い道を上へ上へ。獣の一匹や二匹飛び出して来て(そして踏みつけて)もおかしくない。そんな山道を通り抜け、たどり着いたのは高台にある一軒家だった。
「まあ、まあ、よく来たわね」
出迎えてくれたのはグリーンの瞳が優しげな女主と、スレンダーでキュートな女性。迎えに来てくれた男性はどうやら彼女の彼氏。
宿は想像以上に素晴らしかった。
宿主の人柄を映すかのような、穏やかな光に照らされるウッドテラス。それを囲むように並ぶ客室が私達を温かく迎え入れてくれた。
部屋に足を踏み入れて、おもわずため息。山小屋風に、三角に傾斜した屋根をどっしりと木の梁が支え、心地よさそうにファンが回る。入り口と反対側は一面窓で、雄大な景色を一望できる。トイレ&シャワールームも開放的な白いタイル張りで、大きな窓が部屋から続く風景を楽しませてくれる。部屋の中央には大きくてフカフカのベット。このまま倒れ込みたい誘惑を抑え、いただいたピザの残りと冷え切ったチキンで遅い遅い夕飯とする。
後はカヤックでずぶ濡れになった体をきれいにしなければ。
ここで大変なことに気がつく。
赤い。そして熱い!
そう、私たちは見事に日焼けしていた。
特に短パンだった妹の日焼け振りはすさまじく、水でシャワーを浴びた後、濡らしたタオルで熱を取るべく奮闘するが、今更手遅れ。化粧水を振るかけてみるも効果はなし。
「なんか、なんか、ないの!!!」
の叫び声にふと思い至ったのは……。
「――これ、どうかな」
その名はムヒ。
「ほ、ほら、「炎症」に効くって書いてあるし」
疑わしそうな妹も背に腹は変えられないと思ったのか、真っ赤になった肌に塗りつけ始める。
「どう?効き目ありそう?」
「まし…になった気もする」
じゃ、私も試してみよう。と実験台の妹の反応をみて、私も塗ってみる。確かにほてりが治まったような、いないような……。顔はそれほどではなかったのが不幸中の幸い。この時の日焼け跡は旅の思い出として、長く私の左足に残った。
こうして、長い長い一日は、ムヒの強烈な匂いに包まれて、幕を閉じた。
ハワイ旅行3日目 カウアイ島
さて、カウアイ島二日目の朝。小鳥の囀りに促されて、目を覚ます。
カーテンを開けると、昨日の出来事が全て夢かと思われる世界が広がっていた。小枝の合間を飛び回る鳥は鮮やかな赤。その木々の向こうに広がる丘陵。よく見ると、馬が草を食んでいる。
これだ、これ!私が満喫したかった南国リゾート、のんびり旅。
朝食は部屋の前、中庭のテラスで、ということだった。ドアを開けると、すでに二組が食事中。
「Hello!]
と、挨拶を交わして気がついた。うち一組の若いカップルの男性はよく見ると……
そう、昨日迎えに来てくれたお兄さん。え、もしかして、宿泊客だったの!?ほんと、ありがとうございました。恐縮しきりです。
生憎の曇り空だったけれど、屋外で食べる食事は最高。プレート一杯に盛られたフルーツは見た目にも感動。ドラゴンフルーツにパパイヤ、オレンジにブドウ。ヨーグルトとシリアルのトッピング、更にカリカリのトーストが添えられていた。私のツボにドンピシャな朝ごはん。
残り一組は、アメリカからの中年夫婦。今日は渓谷を見に行こうかどうしようか考えてるんですけど、と話していると、
「あら、そうなの!私たちは昨日行ったんだけど、ほんと、もう素晴らしくて!景色が最高よ!ヴューポイントがたくさんあって、ねぇ、あなた。私たちは何回車を停めたかしら……」
と、ご婦人の話は続く。
「そうだな。そうだな。楽しんでくるといいよ」
どこかカーネルサンダース(ケンタッキーの創始者)に似た(というか、私の記憶の中では、既にカーネルおじさん)旦那さんにも激しく同意され、本日の予定はあっさり決定。
昨日の夜とは別世界。妹が運転に慣れてきたせいもあって、景色を楽しむゆとりもある。何しろ、道路標識だって地図だって読める。時折シャワーを浴びるものの、快適なドライブをしばし楽しむ。
ところで、ここ、カウアイ島の人気土産の一つにdirt shirtというものがある。名前の通り赤茶色の土でTシャツを染めたものだ。洗濯すると一変に水が赤くなると評判……。つまり、染料になるくらい、土が赤い。時折、その土がアスファルトの上にまで進入し、道を赤く染めている。その土を踏みつけて辺りをうろうろした後、車に乗り込むと、どういうことになるか、想像に難くないだろう。返却するころには車内は泥だらけだった。

目指すは、流れ出した溶岩によって生み出されたワイメア峡谷。ほとんどすれ違う車もない山道をひたすら上っていく。そして右手に見えたのが「展望台」のサイン。「太平洋のグランド・キャニオン」の異名を持つ絶景が楽しめるとあって、期待に胸が高鳴る。
そして、展望台に車を停めた私たち。外へ出ると、
「え、何?ニワトリ!!???」
駐車場を我が物顔で占領する鳥たち。観光地で餌を求めて群がる鳩を想像していただきたい。あれが、ニワトリだとしたらどうなるか…異様な迫力である。ただしヒヨコは別格。何羽かカメラに収めるも、拡大して撮影すると、小さいからこその可愛さも台無し。こうして無駄なショットばかりを持ち帰る私達。
さていよいよ、と絶景を拝みに向かうが、肝心の渓谷が見当たらない。
そう、辺りは一面深い霧に包まれていた。張り出した展望スペースの向こうには「太平洋のグランドキャニオン」があるはず……。周囲の観光客も霧の中を透かして見えないかと、一様に真っ白な空間を見つめている。しばらくウロウロするも、霧が晴れる気配はなし。仕方なく、白いキャンバスの前に立って、ハイ、チーズ!(再び無意味な写真を追加。)
私達は更に山を上って、別のビューポイントを目指すことにする。そこからは、フィヨルドのように切り立った尾根が連なる、カウアイ島のもう一つの目玉スポット、ナ・パリ・コーストの一端を眺められるという。進むにつれて道幅は狭くなり、カーブも増える。それはまだいい。漂い始めた不穏な空気の原因は……霧だ。
不安な気持ちに呼応して、車のスピードも徐々に落ちる。
「……ちょ、ちょっと、どうする」
「なんか、ヤバイよね」
うん、そうだね、とか言っているうちに、とうとう視界は数メートル。そして、
「も、もう、無理!」
妹が叫ぶまでもなく、明らかだった。
私達は霧の真っ只中。最早、目の前の地面さえ見えない。対向車のライトが突然霧の中から現れて、寿命の縮まる思いがする。停まろうにも、どこに路肩があるのかわからない。ほとんど歩くようなスピードで走っていると、何やら霧の中で動くものが。それは、これからトレッキングを楽しもう、という登山客一行だった。視界ほぼゼロの中、ほとんど道幅にゆとりのない車道を談笑しながら歩くなんて――。
命は大切にして下さい。というか、更にこちらの寿命を縮めるような行為は頼むからやめて下さい。
どうにかUターンできそうな場所を見つけた私達は、泣く泣く引き返すことにする。
今日は一体、何をしに来たんだろう。お昼だって、「最大のご馳走は壮大な景色!」とばかり、昨日食べ残したパンと、非常食として持ち歩いていたナッツ&レーズンで我慢したのに……。
しかし、捨てる神あれば、拾う神あり。
どうしても諦め切れなかった私達は、一縷の望みを託して、ワイメア渓谷が拝める展望台にもう一度立ち寄ってみることにする。小雨が降りしきる中、階段を上っていくと……。

目の前に、息を呑む風景が広がった。
風雨に削られた剥き出しの岩肌。谷底に生える木々は緑の川となってどこまでも続く。
展望台には柵が設けられているが、すぐに乗り越えられそうな簡易なもの。その先はすぐに急斜面となっている。一度足を滑らせれば下まで真っ逆さま。谷底まで1000メートルを超えるというから、落っこちたら助からないだろうな、なんて考えると、心なしか腰が引け気味。
そんな斜面にへばりついて木の芽を食べる小鹿発見!もちろん、たちまち観光客のアイドルに。傾斜はほぼ垂直に近くみえる。何もわざわざこんな所で食べなくても、と思い、ふと考える。もしかして、確信犯???周囲のもっと安全な場所にも似たような木々がたくさん生えているし……。
満足気分で山を降りる。しかし、そろそろ妹も疲れてきたのか、運転が荒くなる。
案の定、酔ってしまった。慌てて酔い止め飲むも効果なし。本格的に雨も降り出し、気分は最悪。
けれど、けれど、私にはどうしても行きたい場所があった。それは行きしに見かけた、アイスクリーム屋。気分が悪い、といいつつ、こってり甘ーいアイスをこれまた甘い甘いワッフルコーンとともに食せば、車酔いだって治る!
その駐車場で、ハワイの田舎の大らかさを実感する光景を目にした。
私達の車の横に停めてあったのは、いつ洗車したんだろう(というより、いつから乗っているんだろう)と思わず見入ってしまうくらい、立派に乗り古された一台のバン。そして運転席は・…なんと、ドアがなかった。まあ、盗まれる心配はしなくてよさそうだけど。車内も期待を裏切らない状況だった。お願いされても、乗りたくない……。
まだ日暮れまで時間もあり、ドライブを楽しみながら、海沿いの道を帰る。テトラポットに打ち付ける波は荒く、沖合いには白波が立つ。サーファーに人気というのも頷ける。
そんな中一人の少年が、今まさに、岸から離れ、沖へと漕ぎ出そうとしていた。
私たちは車を停めて、彼を見守る。
数分が経過。
「ねえ、彼、進んでる?」
どちらかというと、押し戻されているような……。
命がけ(これほど波が荒いのだから、岸壁に叩きつけられたら、ただではすまないだろう。)のわりに、サーフィンって楽しそうじゃないね。と思ったのは、妹も同じか、
「いこっか」
というと
「そうやな」
と素っ気無い返事。
必死に波を掻き分ける彼の健闘を祈りつつ、その場を離れた。
田舎を旅して困るのは、手ごろな場所にスーパーマーケットがないことだ。
食材の調達はスーパーで、と決めている(暗黙の了解)私たちにとっては大問題である。(単に現地のスーパーが大好き!なだけかも。)
宿周辺にはスーパーが見当たらなかったので、少し通り過ぎて、コロアという次の町まで行ってみることにする。
宿のある町からそれほど遠くないはずなのに、三十分(ほとんど百キロで)走っても着かない。
疲れの出てきた妹の顔には、やっぱり来るんじゃなかった、と書いてある。しかし、引き返すにも、その前にみたスーパーまではやはり三十分以上はかかるだろう。
そして飛び込んできたサインは「ポイプ」。
「え、ポイプってコロアの次の町ちゃうん?」
いつの間にか、コロアを通り過ぎていた私達。取りあえず「SHOPPING」という看板を見つけたので、車を降りる。
ショッピングモールなのだが、どこか雰囲気が違う。
女性はサマードレスを着ていたり、男性はジャケットを羽織っていたり。
この辺りはビーチリゾートとして有名なだけあって、客層が違う。
レストランの入り口には松明が掲げられていたりして、ピーチサンダルにTシャツだと、入るのが少々躊躇われる。
モールにはスーパーというより、コンビニに毛が生えたような店が一軒あった。言わずもがなで少々お高め。
とにかくサラミとチーズとクラッカーを手に取りレジへ向かうと、7ドルちょっとの買い物だった。
あれ、サラミ&チーズで3ドル少々だったはず…とレシートをよく見ると、
「クラッカー、4ドル」
ってことは、一箱500円!え、どうみたってこれ、百均で売ってそうなやつなのに…と思ったが、こんなハイソな場所で数ドルに抗議するのも憚られ、「高級」クラッカーを手に家路に着く。(これが安い買い物だったと感謝することになるのは後の話。)
帰りは別ルートでわずか十分。
(後から気づいたが、行きと帰りでちょうど二等辺三角形を描いて走った私達。長い二辺を行き、底辺を走って帰ってきた。)
そんな中、今日二度目に死にそうな目に合う。
ちょうど夕暮れ時で、日がどんどん沈みかけている時だった。
アップダウンのある道の、坂を上りきった途端、視界が赤く染まった。そう、真正面に、いきなり太陽が現れたのだ。
妹が悲鳴をあげる。
「前が見えへん!!!」
気がつくと、人の家の敷地に半ば侵入するような形で止まっていた。
太陽の残像が瞼の裏でちらつく中、日が完全に落ちるまで、そのまま待機。
カヤックの際、サングラスを落としてなくしたのは自分のくせに、「貸して」と叫んだのに、すぐに私が(私の!)サングラスを貸さなかったのが悪いと責められる。
こうカリカリするのも、お腹が空いているせいなんじゃないか。もっとちゃんと(高級クラッカーじゃなくて)食べるべきじゃないか。ということになって、結局、宿近くのサブウェイでサンドウィッチを購入することとなる。
何しにポイプまで行ったんだろう、という後悔はこの後、更に膨らんだ。なぜなら、宿に向かう頃には、すっかり薄暗くなっていたのである。
嫌な予感が走る。
「こ、この道で、あってるよな」
「う、うん」
「あれ、次は、右、やんな?」
「えっ?左、じゃなかったっけ」
更に進むと、
「こんな、風景やったかな?」
左手には牧草地が広がり、時々、牛が草を食んでいる。
「さ、さあ……どうやったっけ」
私は勇気を振り絞って言ってみる。
「ごめん。さっき、左っていったけど、もしかしたら、右やったかも」
宿は高台にあるはずなのに、一向に坂道を上がっていく気配がない。
責任を感じた私は、車を降りた。
子どもが家の前で遊んでいる子どもに近づくと、側には父親らしき人物がいた。
「あの、すいません」
話しかけてから、人選を誤ったかもと、思い始める。
子どもはかわいらしいのに、父親はにこりともしない。
「道に、迷ったみたいで。宿を探しているんですけど」
彼はしばらく無言だった。なんか、怒ってる?気に障ることしたかな、と内心ビクビク。
「車をもっと、寄せて」
確かに道路の真ん中に、私達は車を停めていた。(といっても、二台すれ違えるほどの道幅はなかったが。)
「はい、ただいま、移動いたします!]
機嫌を損ねてはならないと、慌てて妹に告げに行く。戻ってくると、
「ほら、この先に明かりが見えるだろ。あれを過ぎると分かれ道があるから、そこを上がるんだろ。俺も、行ったことないから、確かじゃないがね」
と、やはりにこりともせず教えてくれた。
正直、「この先」と「あの明かり」以外、何を言っているのかほとんどわからなかったので、私の想像だけれど。
そんな私を見て心配になったのか、
「あの明かりのところだよ。あそこを過ぎたらすぐだからな」
というようなことを三回は繰り返した。
彼は単に無愛想なだけで、よい人だった。
言われた通り引き返し、坂道を上がり始めた時には、すっかり暗くなっていた。
そして、恐れていた事態に直面する。
真っ暗で、何も見えない。車のヘッドライトだけが頼りだった。
「あ、ここ右に曲がれるんちゃう?」
と、曲がった先は人の家の庭だったり(しかも車を降りて確かめないとよくわからなかった)、なんてことも起こってしまうくらい暗い。
森の中をノロノロと進み続けると、視界が開ける場所に出た。
「部屋から見える景色って、こんなだったっけ」
そこからは、下のほうにぽつんぽつんと点在する家々の微かな明かりが見えた。
「言われてみれば、上りすぎてる気もする」
「でも、右に曲がる道(次に右に曲がらなければいけないことだけは確か)なんてなかったやろ」
道は、まだ上へと続いている。進むべきか、戻るべきか。
「ちょっと、ここで待ってて。来た道、歩いて確かめてくるわ」
私は意を決して車を降りる。
車から遠ざかるに従って、心に押し寄せる不安。カーブを曲がると暗闇が待ち構えていた。
響くのは自分の足音と鼓動の音。
しばらく行くと道路わきに番地を示す札が立っていた。しかし、奥まって建っているので、この暗がりでは家自体がよく見えない。
しかも、どの家も大きいので一軒通り過ぎるために、何メートルも歩かなければならない。
やがて、待ちきれなくなった妹のヘッドライトが後ろから差して来た時には、心底ほっとした。
大見得切った以上は、私からは戻れない…なんて意地を張っていたのだった。
このままでは埒が明かない。
私は比較的、道路側に建つ一軒に狙いを定めた。
「すみませーん!」
庭先に入り込み、声を張り上げる。ドーベルマンなど飼っていないことを祈るばかり。
明かりは点いているので、誰かいるはずなのだが、応答はなし。
そこでもう少し中に入って、部屋を覗いてみる。
「すみませーん!」
人影は見当たらない。
最後の手段、私は玄関の扉の前に立ち、激しくドアをノックした。すると、ようやく中から人の声がした。
顔を覗かせたのは、初老の上品な女性。
(ドアの隙間から見えた玄関ホールは天井が高く、アンティーク調の家具が品よく配され、私のイメージするまさに「お屋敷」だった。)
「あの、道に迷ってしまって」
この二日で何度このセリフを口にしたことだろう。
初めは驚いたような顔をしていたが(それはそうだろう。こんな山奥、こんな時間に観光客がウロウロしているなんて、怪しすぎる)、すぐに懐中電灯片手に出てきてくれた。
そして数メートル歩いたところで、
「ほら、ここに道があるでしょ。たぶん、ここを行けばいいわ」
と懐中電灯で照らされた先には確かに道が……。
教えられるまで、道があることに全く気がついていなかった私達。
彼女のおかげで、どうにか辿りついたのは、「今日は早く寝よう」と心に決めた当初の予定では、とっくにベッドに入っている時間であった。
ハワイ旅行4日目 カウアイ島
翌日(カウアイ島三日目)は朝から雨だった。
中庭で朝ごはん、も、この天気では…と思っていると、
「こっちよ」
と呼ぶ声が。
でも、そこは明きあらかに、家族の居住スペース。リビングを子どもが走りまわっている。
(五歳くらいの女の子を筆頭に三人の子どもがいる家族経営のB&Bだった。)
しかもオムツ姿。
お邪魔しまーすという感じで中へ入り、リビングを横断。
「ほら、今日は、ここで食べてね」
と案内されたのは、庭に張り出したテラス。庭というより森。
木々のその向こうに見えるのも、緑の丘陵で、まさに自然の中での朝食。
今日も、カーネルおじさんとその奥様と一緒になった。
食事はトルティーヤ。とろけるチーズと半熟卵が絶妙!ボリュームも満点。
本日は、昨日拝めなかったナ・パリ・コーストを目指す(昨日は島の南側を回りこんだのだが、北側から歩いてその景色を間近で楽しむルートがある)ため、寝坊せずに起床。
遅くなると駐車場が一杯になるらしいので、急いで出発せねば!と思っていたのだが、カーネル夫妻(実名は全く思い出せない……)と話が弾む!?(こっちは聞き役……)
気がつくと一時間は話し込んでいて、すっかり遅くなってしまう。
チェックアウトもしなくちゃいけないし、とバタバタしていると、宿の人が出かける様子。えー、ちょっと待って、まだお金払ってないっ!
慌てて駆け寄ると、
「あ、いいのよ、焦らなくて。今日は誰も来ないし。ゆっくりしてって。私達はこれから出かけるけど、お金と鍵は部屋に置いといてくれればいいから」
とあっさり。
いいんですか。ほんとにそれで……。
もし、全額払わない人がいたらどうするんだ、なんてちょっぴり考えた自分が恥ずかしい。そんな腹黒い人はいません。この島には。たぶん。
今まで泊まった宿で、一番よかったかもしれない。もう一泊すればよかったと、後で切実に後悔。皆様にも是非お勧めしたい!と思う一方、果たして無事たどり着ける方がどれだけいるだろう。私ももう一度、迷わず行ける自信がない……。
さて、ナ・パリ・コースト。行き方は至って簡単。島の北側を道が終わるまで西に向かって突き進めばよい。
途中、信じられないくらい道幅が細くなるが、恐れることはない!(はずだが、不安になるくらい、ほんとに細い。のに、なぜか二車線。明らかに中央線をはみ出さなければ運転できない。)
そして終に終着点。ガイドブックは正しかった。既に駐車場は停める所がなかった。手前の道も狭いので、迂闊に路駐もできない。
どうしよう、と悩んでいると、車に乗り込む人影!
諦めてUターンする車が続く中、出そうな車の前に陣取る。(少々、他の車の邪魔になっていたが、そこは大阪暮らしで身に着けた図々しさで気づかぬフリ。)
そしてどうにか駐車スペース確保。
目の前には素晴らしいビーチが広がっていたが、まずはナ・パリ・コーストを目指さなければ。
切り立った尾根が連なって作る海岸線。その自然美の荘厳さが人々を惹きつけるナ・パリ・コースト。
しかし、問題が一つある。アクセスが非常に困難なのだ。
アプローチは三つ。①海から。②空から(ヘリコプターツアーがいくつも出ている)。③地上から。
懐具合から③を選択した私達は、海岸線を縫うように続くトレイルを歩くこととなった。
海岸線、といっても何せ切り立った崖のような所がほとんどなので、砂浜を歩けるわけではない。山肌にへばりつくように作られた道を歩くのである。
ここは常夏の国。十分も歩けば、額からは汗が流れ出す。
どう考えても日本人向けではない段差の激しい階段。 時には岩をよじ登り、前日の雨でできた沢(というより泥沼)を渡る。気分はフィールドアスレチック。
このコーストの端まで行くには本格的なトレッキングの装備が必要で、途中一泊しなければならない。とてもそこまでできないとわかっていた私たちの目指す所は、次にたどり着くビーチ。

上って、下ってを繰り返すものの、依然、海は遥か彼方。
時折、眼下に紺碧の海が姿を見せ、挫けそうになる私を励ましてくれる。そう、あの海を間近で見るまではがんばるぞ!
左手は鬱蒼と茂るジャングル。これぞ熱帯、と納得のシダ植物に蔦が絡まる。
鮮やかな南国果実が道端に転がっていることもしばしば。甘い香りが辺りに漂う。
もしかして、食べられる???
しかし、流石の私(味覚とお腹には自信あり)もチャレンジする勇気はなかった。ここでお腹が痛くなったりしたら、それこそ悲劇。もちろん、トイレなかあるわけもなく、急いで引き返せるような道のりではない)
あ、でも、すれ違った人の中には、齧っている人がいたような……。
Tシャツは汗を吸ってすっかり色が変わり、お腹も空いて、疲れもそろそろピーク。と、突然、渋滞が始まった。道が狭いので、ほとんどの場所が一方通行。(すれ違うためには、どちらかが少し広い場所で待機。)
そんな中、人が溜まっていたのだ。
どうしたのだろう、と近づくと、男性が倒れていた。正確には、横たわっていた。足を踏み外して、痛めたらしい。
下は崖。一歩間違えば大変なことになっていただろう。今でも十分に大変なことだったが。
側には救助隊らしき人の姿。(なぜわかったかというと、目の覚めるようなオレンジの繋ぎの服を着ていたからだ。この蒸し暑い中、長袖、長ズボン。しかも繋ぎとは……。)
そしてその服には見覚えが。
そうか。さっき、ものすごいスピードで私たちを追い抜かしていった怪しげな人物は、単なる物好きではなかったのか。
それにしても、この炎天下。もう一時間はこの状態だという。本来ならタフガイで通るだろう、逞しい男性(それが徒になったのかもしれない。彼を担いでこの道を行くのはとてもじゃないが無理だろう。)が、心配そうに見守る人々に儚げな笑みを返す姿は何とも痛々しい。
すると、彼の横にいた人が不意に何かを叫びだした。
タオルがどうの、といっているようである。
辺りに群がる人々(十人くらいはいただろか)の反応はなし。私はかばんを探り、おずおずと一枚を取り出した。
「おお、これはちょうどいいぞ。サンキュー」
こうして、私のスポーツタオルは立派なお役目を果たすこととなった。旅の荷物を最小限しか持ってきていなかった私にとっては、バスタオル替わりの貴重な一枚であり、使用済み……だったことは忘れて、美しい人助けの思い出として胸にしまっておこう。(後で海に入った時、小さいタオル一枚しかなく、急激に下がった気温の中、タオルを渡したことをちょっぴり後悔したことは、素直に白状しておきたい。)
その後、なるべく道の端から離れて慎重に歩くようになったことは、言うまでもない。
怪我人の横を通過して程無く、道が下りだした。
そして、近づく波の音。
もしかして……
海だ!
紛れもない砂浜が目の前に広がっていた。
打ち寄せる波と戯れる人、は、あれ?いない。
見ると、遊泳禁止の文字。た、確かに。
足を踏み入れるのを躊躇らうほどの荒々しい波が打ち寄せる。
この波があったからこそ、ナ・パリ・コーストの美しい海岸線が生まれた。波によって削り取られた山肌は地層が剥き出しで、繊細な文様は積み重ねた年月を物語る。
終にゴールした感動をビーチの片隅で妹と分かち合っていると、大きな荷物を背負った男女が現れて、私たちの正面でどん、と荷物を降ろした。(ビーチのど真ん中なので、誰にとっても正面なわけだけど。)
泊りがけでトレッキングにいったんだろうな、などと考えていると、突然、その男性がズボンを下ろし始めた。
実に堂々と、海パンからズボンへと着替えを済ませたのだ。何もここでやらなくても……と思ったのは私だけではないはず。(見たくなくても、見えてしまうこともあり…)
そして学んだことが一つ。何事も、堂々とやれば恥ずかしくない!(まあ、ヌードビーチもあるくらいだから。)
少々見苦しい映像も混じったが、背後に迫る緑織り成す熱帯林とともに、青い海と空を目に焼き付けた私達。
もっとずっとのんびりしていたかったけれど、そうも言っていられない。もうとっくに昼は過ぎている。
暗くなる前に来た道を戻らなければならないのはもちろんのこと、今日こそは、明るいうちに宿へたどり着いておきたい。
行きもそれなりに大変だったけれど、ほんとうに辛いのは帰り道。
更に、持ってきた水は残り少なく、一口ずつ分け合う状態。そんな中、また前方に、人が固まっているのが見えた。
中の一人が近づいてきた。
「この先に怪我人がいて、今、救助にくるらしいから、しばらくここで待ったほうがいいよ」
あ、私、その人知ってます!私のタオルが使われているんです!(とちょっと誇らしげな心の声。)
それにしても、あの場所を通り過ぎてから1時間、いや2時間は経っている。事故発生から一体、何時間が経過しているんだろう……。
すると、何やら遠くから響いてくる音が。
それはまさしく、道中何度か耳にしたヘリコプターの音。いいなぁ、ヘリツアーか。と思っていると、音がどんどん近づいてくる。そして姿を見せた機体は、前方の山肌近くで動きを止めた。
私達が固唾を呑んで見守る中、一本のロープが降ろされる。
しばらくして引き上げられたロープの先には、何か重そうなものが結び付けられている。
そう、ヘリは怪我人救助にやってきたのだった。それにしても、振り子の原理で物凄く揺れているけれど、あれで、下まで運ばれるのだろうか。
様々な意味で、怪我をした彼には忘れられない貴重な体験となったことだと思う。取りあえず、一件落着。
足が棒のようになったものの、特に怪我もなく、来た道を無事に引き返した私達。
けれど、まだ、今日の目的は達成されていない!なんのために水着を着ているのか!(私たちは「きれいなビーチで一泳ぎ」を楽しむため、朝から服の下に水着を着用していた。)
もう、日は傾くどころか落ちていて、半端ではなく疲れていたが、勇気を振り絞ってTシャツと脱ぐと(自分のバストサイズを省みず、ビキニスタイルの水着を買ってしまったことを、深く後悔。日本では着用不可能…)、ハワイに来てから初めて海に飛び込んだ。
波は激しいものの、水は澄んでいて、熱帯らしい鮮やかな魚達が出迎えてくれる。
特にダイビングスポットというわけではないので、それほど魚の種類は多くないのだが、海の中は地上とはまた違う、美しい世界が広がっていた。
そして文字通り「一泳ぎ」を楽しんだ私達は、早々に海を後にすることとなった。日が落ちるとともに気温も下がり、寒くて長いできなかったからだ。満足に体を拭けるタオルもなかったし。
こうして充実した一日を過ごした私達は、疲れた体を車に押し込み今夜の宿へと向かった。
濡れた髪も窓からの風で次第に乾く。
行きに大体の場所をチェックしていたので、夕闇迫るドライブを楽しむ余裕もあった。
起伏の激しい海岸沿いを飛ばし、街にたどり着くと、道路沿いに目的地を見つけた。建物の前に車を止め、チェックインすべく、中へと足を踏み入れる。
まず出会ったのが、塀の内側に無造作に並べられたプラスティックの椅子、机達の一角に陣取った二人組み。
「Hello!」
声をかけたものの、ほとんど反応なし。や、やばい。目がいっちゃってる……。
アルコールのせいか、ハタマタそれ以外のせいか……。
夕食を食べていなかった私たちは、ひとまず退散することにした。
「ちょっと、ここ」
「うん、やばいよね。なるべく外で過ごそう」
彼らに漂う気だるげな空気は、恐らく長期滞在型。あまりお友達にはなれそうにない。(と、長年?培った勘が告げる。)
近くにあったバーガーショップは地元ならでは、という感じで手作り感いっぱい、ボリュームたっぷりのバーガーで美味しかった。
注文の際、ドリンク欄にあった名前の一つに馴染みがなかったので、聞いてみると、
「試してみる?」
と店員はコップにたっぷり注がれたそれ(名前は忘れた…)を差し出した。
ごくごく飲み干してから、結局それを注文。(もちろん、新たにゲット!)
お試しできるのか。知らなかった。今度他でも試してみたい!(日本じゃ無理か。)
しかし、田舎ならでは、でそろそろ店じまいの雰囲気。
気は進まないが、疲れた体も休めなければならないし、というわけで宿に戻る。
二回目のHello!だが、やっぱり、反応は薄い。
とにかく勇気を出して、まともそうな方(メガネがやけに似合うひょろりとした彼。顔は赤いが片手にはペーパーバック。私は危険なしと判断。妹は違ったが。)
「あの、今日、ここに泊まることになってるんですけど」
「あ、ああ、そうか。泊まるのか。うんうん。わかった。付いてきて」
言われるがままに付いていくと、
「一階と二階があるんだけど、どっちがいい?あ、ここの部屋は使用中だから、ここか、こっち」
「あの、ベッドを予約してると思うんですけど……。宿の方ですよね」
「あ、なんだ、予約してるのか。僕もここに泊まってるんだよ。僕の部屋はあそこ。じゃ、二階で。こっちかこっちのベット空いてるはずだから」
勝手にしちゃってよいのかなぁ。
「あの、宿の人は?」
「ああ、たぶん、今日は帰って来ないんじゃないかな。よくわからないや」
宿主が適当だから、やっぱり適当な人が集まっちゃうんだろうか…。
結局、メガネ君は良い人で、色々教えてくれた。バス・トイレの場所とか。
そのうち、宿のスタッフも帰ってきた。物凄く若く見えるが、既に自由気ままな暮らしぶりがにじみ出ている彼女。メガネ君よりやる気がなさそうに説明をしてくれた。といっても、見ればわかるよ、と言いたくなる宿の造り。
キッチンは二階のバルコニー。そこからつながって、外に張り出した一角がリビング。辛うじて屋根はあるが、もちろん、周囲を覆うものなんてない!私的感覚では、キャンプ場の炊事場が二階にあって、椅子やテーブル、おまけにテレビなんかもあります、という状態。
今晩眠るベッドは二人で一つ(それだと一人分の料金で良いといわれたので)。それでも十分な広さのある、今までに見たことない大きさの二段ベッド。
ベッドにはカーテン(布を洗濯バサミで停めただけだが)も着いていて、着替えもバッチリ!(というか、もちろん男女兼用なので、それがないと着替えられない…)
キッチンとは反対にある、部屋から続くバルコニーに出ると、目の前に広がるビーチ。その先に続く海原に浮かぶ月。海風に吹かれていると、
「ここの眺めは最高だろ」
と話しかけられた。
四十は過ぎた小太りの男性。どうやら一人旅。言っちゃ悪いが、冴えない中年男性、しかもしばらく滞在している模様。これは絶対何かある。仕事を首になり、奥さんは家を出て行った。現在、当てもなく放浪中。手持ちの貯金を切り崩し、安宿でビールを煽る日々。勝手に妄想拡大中……。
他にも、俺はパン屋だぜ!という五十代近いマッチョな男性が同室(パン好きの私の高感度アップ)。他の宿に比べて、なぜだか年齢層が高い宿。
とにかく、バルコニーからの眺めは最高だが、大きな大きな問題があった。
部屋の両方(キッチン側、海側)が一面の窓になっている。
キッチン側は窓というより…、窓枠。窓風なだけで、ガラスがない。大きく四角く切り取られた横に、出入りのスペースがある。
海側にはガラスが嵌っていたが、バルコニーへ出入りするための窓が開いたままだと風が通る、なんてもんじゃない。
なぜだか異常に風の強い晩だったので、その音がうるさく眠れない。ベットの周囲を囲むカーテンも強風に煽られてはためく。いくら常夏の国とはいえ、こんな吹きっ晒しでは寒すぎる。
絶えかねて窓を閉めにいく(風が強いので重労働)も、またしばらくすると誰かが開ける。それを今度は妹が閉めに行く。
するとまた誰かが外へ出るために開けて…といったことを繰り返す。なんで閉めないんだ!と心の中で叫ぶも思いは届かず。
バルコニーにトイレがあるのが悪い。なんて造りなんだ。と今更ながら愚痴った。
ハワイ旅行5日目 カウアイ島 → オアフ島
そんな中、どうにかうつらうつらする私を眠りから引きづり出したのは、キッチンからの物音だった。ん、この音は!
そう、なんと、キャンプ場の炊事場にはありえない、コーヒー豆を挽く音だった。場所は屋外でも、設備は万全。電子レンジに冷蔵庫は当たり前。自動のコーヒーミルだってあるんだ。えっへん!
仕方なく、睡眠を諦め、朝食を取るべくキッチンへ行く。
「GOOD MORNING!」
爽やかに挨拶を交わした相手に見覚えが。
もしかして昨日の怪しげな彼(メガネ君じゃない方)?朝はまともなんだ。人当たり良い自由人といった印象。でもこれは仮の姿。触らぬ神に祟りなし。
早々に荷物をまとめ、私たちはこの宿を後にした。今から思うとあのメガネ君が一番まともだった気がする。私の旅行歴屈指のすごい宿だった。ほんとに。

吹きっ晒しの宿を逃げるように後にした私達が向かった先は、キラウエア灯台。
ハワイ最北端に位置するこの灯台は、太平洋を航海する船にとっては命を?繋ぐ灯であった、というのも今は昔。
その役目を終えた今日、灯台としてではなく、海鳥たちの保護区として、訪れる人々を楽しませてくれる。
時期によってはアルバトロスの子育ても観察できるという。(以前、他の場所で目にしたが、断崖絶壁から飛び立ち、気流に乗って悠然と空を舞う姿に思わずため息が漏れた。その名の通り、気品ある美しい鳥、と言いたいところ、なのになぜ、日本ではあんな名前になってしまったのか……。呼ぶも哀しいアホウドリ。)
今は残念ながら子育てシーズンではなく、今回は彼らの雄姿を見ることは叶わなかったが、吸い込まれそうな断崖には無数の鳥たちが巣を構え、ギャーギャーと賑やかなことこの上ない。
ただし、辺りに広がる無数の白い物体。頭上には気をつけなければ。
本日夕方の飛行機で私たちはカウアイ島を発つことになっていた。
それまでに是非、訪れておきたかった場所。それは、初めの宿で一緒になったケンタッキー夫妻一押しの場所。
私の英語力不足プラス夫妻の記憶不足で甚だ怪しい情報を元に、目的地への道を辿る。
夫人曰く、
「とにかく、道がなくなるまで、ずっとずっと進むのよ。すると周囲を見渡せる高台に出るから。そこからの眺めが最高だったの。お昼を持っていってそこで食べると良いわよ。」
私たちはろくに地図にも載っていない道をひたすら突き進む。
やがて、道幅が狭くなり、前方に夫人の話していたと思われる川が現れる。
「そうそう、道中二、三回、水が流れている場所を横切るわ。大丈夫。大したことない水量だから」
と言っていた気がする。(たぶん)
その川の向こうはきれいに整備されていて、東屋があったりするところからみると、ここは通れるはずの場所。
だが、明らかに前方の水の流れは「大した」物だった。進むべき道は完全に川の底に沈んでいる。ひっきりなしに車がやってくるものの(ガイドブックにでも載っているのだろうか)、諦めて引き返す人々が続出。
車を降りて近づいてみるも、川の中央辺りは「急流」といえるほどの勢い。
そういえば、前日雨が降っていた。恐らくそのせいで「ちょっと道の上に溢れ出す程度」であった水量が「溢れ出して道を飲み込む程度」になってしまったのだろう。
果敢にもその川を渡る車が!と思ってよく見ると、ジープであった。しかも、車体の半分は水に浸かろうかという有様。
対する私達の車は四人の乗りの普通車。エンジンが無事に済む保証もなし。気の小さい私たちがチャレンジできるわけもなく……。
けれど、ここでまたしても変なプライドが頭をもたげる。(と偉そうに言うが、既に現場到着から一時間ほど経過。)
「行く、よね」
お互いの意志を確認し合い、ズボンをたくし上げて(妹はスカートだが)いざ、水の中へ。周囲からは賞賛の眼差し。(だったはず。)
やはり相当の流れで、なかなか次の一歩が踏み出せない。しかも、私たちはビーチサンダル。下手に足を持ち上げてビーチサンダルが流されては大変。(自分が流されたらもっと大変だが、それは敢えて考えない。)
私はこの時、日本から履いてきた靴を、悪臭を放つ、という理由で捨ててしまっていた。というのも、カヤックをした際にずぶ濡れになり、今日まで乾かずじまいだったからだ。というわけで、履く物といえば、ハワイ到着日に購入したこのビーサンのみ。
亀のようにのろのろと、へっぴり腰で進む姿は格好悪いことこの上ないが、そんなことは言っていられない。
それでもどうにか渡り切って、ほっと一息。
無事に難所を乗り切った私たちは意気揚々と、お昼を食べる絶好の見晴らしスポットを目指して歩き始める。
予想以上に急な上り坂が続き、道の先はくねくねとカーブしているので、一体、どこまで続いているのか、先が見えない。そして、こちらは予想通りだったが、人影は全くなし。
鬱蒼と茂る森の中を走るアスファルトの道。
すると、またしても前方に川が……。
「も、もちろん、渡るよね!」
保険のため、一人がほぼ渡り切る頃を見計らって、もう一人が渡るという作戦。
今度も無事にクリア。
やれやれ。
道はまだまだ続き、一向に「見晴らし」の良いスポットは現れない。
いい加減、お腹も空き、疲れも出てきた。どこかで座ってちょっと休憩、といきたいところだが、腰を下ろす場所がない。
アスファルトの道はとっくになくなり、ぬかるんだ泥道に変わっていた。両側は鬱蒼と茂った森。(怪しげで立ち入ろうという勇気が出ない。)
本当に文字通り、腰を下ろせる場所がなかった。時々立ったままお茶を飲み、飴を舐めて空腹を凌ぐ。
やがて、前方が俄かに明るくなってきた。
もしかして!!!
気分は小走りで、先を急ぐ。(実際は疲れているので、そんなことできない。)
坂を上りきるとそこには……。
期待も虚しく、私たちが目にしたのは、炎天下に続く赤茶けた道。
日陰もなく、周囲を囲む山々が視界を遮り、「見晴らし」はいつになったら拝めるのか全くわからない状況下、黙々と歩く。
すると、歩き始めてから何度か通り過ぎたチャレンジャーな車(ジープ以外であの川を渡った度胸に拍手したい)の一台が、引き返してきた。
チャレンジャーな車のほとんどがカップルだったが、この車も例に漏れず、男女二人組み。
「この先、水が溜まってて、通れそうにないわよ。車が一台立ち往生しちゃってるから、私たちは帰るわ」
と、親切なアドバイス。
ほどなく、姿を現したのは、超巨大な水溜り。向こう側まで十メートル近くある。そしてそこに浸かったジープが一台。
既に二本の川を渡っているのだ。ここであきらめるわけには!と思ったもの、先ほどとは違って、澱んだ泥水のせいで、どれくらいの深さなのか、中がどうなっているのか全くわからない。
流れはないものの、足元が見えないというのは、かなりの恐怖感。(ワニでもいたらどうしよう、と真剣に考えてしまう。)
それでも恐る恐る足を踏み出し、太もも辺りまで水に浸かりながら(水着を着ておけばよかったというくらい、ズボンはびしょ濡れ)一歩ずつ進む。
ゴール近くで立ち往生のジープに近づくと、中には若いカップルが、疲れた表情でただ黙って座っていた。手は尽くし、助けを待つといった所か。
ハーイと躊躇いがちに挨拶を交したものの、後に続く言葉は出てこない。
結局、笑顔でごまかし、横を通り過ぎる。
この難所を抜けると、有難いことに、道は森の中へと続いていた。これでようやく照りつける太陽とおさらばできる。その分、道の泥濘はひどくなったが、すでに泥はねは気にならなくなっていた。

何を間違ったのか、スカートを履いていた妹の足は、泥はね模様できれいに埋め尽くされている。
既に休みなく、2時間は歩き続けていた。その上、ここにきて、道が二手に分かれることがしばしばあった。
私たちのゴールは見晴らしの良い高台に上ること。
日本から持参したガイドブックやドライブマップにはもちろん、こんな道が載っているはずもない。
野生の勘に頼り、少しでも上り坂と思われる方を選んでいたが、いつも一筋縄ではいかず、上っては下るの繰り返しだった。
「ねえ、そろそろ……」
認めたくないが、タイムリミットだった。
オアフ島へ戻る飛行機の出発に間に合うためには、この辺りで引き返さなければならない。
「じゃ、次の坂を上りきったら……」
坂を上る度に、眼下に広がる素晴らしい展望を期待して、その度に裏切られてきた。
そしてやはり今回も、上った坂の頂上は、新たな坂道の始まりでしかなかった。
どうにか乾いた場所を見つけて腰を下ろし、持参していたクラッカー(あの、法外に高級だったクラッカー。買っておいて本当によかった)を齧る。
二人とも、言葉少なだった。
このままここで昼寝でもしたい気分に襲われるが、時間がなかった。休憩もそこそこに文字通り、来た道を引き返す。
暗い気持ちを吹き飛ばすため、二人で歌を歌いながら道を歩く。幸い、人に聞かれて恥ずかしい思いをする心配はほとんどなかった。
日が傾き、行きより薄暗く感じられる森の中を歩いていると、たとえ危険な動物は生息していないとわかっていても、不安になる。
その上、時々ぶち当たる分かれ道のどちらから来たのか、妹と意見が食い違った後なんかは、歌でも歌って気を紛らわせないとやっていられない。
どうにか巨大水溜まりの辺りまで戻ってくると、やっと人心地ついた。ここからは一本道が続いていたはずだ。
その時、前方から人の話声が近づいてきた。通り過ぎる車はあったが、歩いている人には出会わなかったので、嬉しくなって思わず話しかける。
「こんにちは!」
インド系と思われる5人程のグループ。
聞くと、彼らはすぐそこに車を停めて、歩き始めたところだった。
手には「トレッキング」ガイドブックを持っている。
「今はこの辺だよね」
と、中の一人が指差した場所は、山頂からはまだ程遠い地点で、他にも無数に伸びるトレイルがいくつも山の中へ続いているのを見て、背筋がちょっぴり寒くなった。
無謀にも、ろくな備えも(地図もなく)山頂を目指そうとしていたのだから。
「この先もずっとこんな感じ?」
こんなというのは、こんな「泥道」というわけ。
「Yes」
と答えながら、そうか、これは行くのを躊躇うような「泥道」だったんだ、と改めて気がついた次第。
彼らと別れて水溜りに差し掛かると、カップルのうち、女の子が一人、水溜りにむかって石を投げつけていた。
もう一人は車の中で、辺りに漂うのは何やら不穏な空気。
そんな二人の側を、みっともなくジーンズとスカートをたくし上げ、再び通り過ぎる。
せめて、食料でも分けてあげればよかったか、と思ったのは、後の話。
二人が上手く関係を修復できたことを今は祈る。
来た道をただ戻るというのは、想像以上に辛い仕事だった。
汗と泥にまみれながら、惨めな気持ちで歩いていると、後ろから車の音が近づいてきた。
はっとして横に避けると、一台の黄色いジープが通り過ぎた。そして、突然、前方で停まる。
「ねえ、よかったら乗っていかない?」
私たちの警戒を他所に、降りてきたのは若い女性。なんだかデ・ジャ・ブのようなこの光景。
「下まで行くんでしょ?」
「あ、でもこんな泥だらけなんで」
「私たちも変わらない格好だから、そんなの気にしないで。ほら、乗って、乗って」
彼女の他に同乗者は二名。アメリカから来たという彼女たちと私たちは全員同じ年だとわかって、一気に打ち解けた。
彼女たちはジュラシックパーク撮影現場を見に行ったとのことだった。
そういえば、いくつかの映画がこの島で撮影されたとは聞いていたが、まさかこの先にそんなスポットがあったなんて。
時間にすれば二十分ほどだったけれど、陽気で気さくな彼女たちにすっかり癒されて、車を降りるときは分かれ難い感さえあった。
このご恩は忘れません、と思いつつ、別れの際にお礼として差し出せたのは日本から持参して、すっかり折れたポッキー。
彼女たちとの出会いのおかげで、ビーチサンダルでの悲惨な山歩きも、心温まる思い出として残すことができた。
人の優しさは本当に、心に染みるものである。。。
カウアイ島からオアフ島に向かう飛行機のアテンダントはなんと、行きと同じお姉さん(フライトアテンダントというより、コーヒーショップの店員といったフレンドリーさ)だった。
カウアイ島。そこで出会った人々に感謝の気持ちを込めて、段々と小さくなる島影に、さようなら、と心の中で呟いた。
ハワイ旅行6日目 オアフ島
オアフ島に帰ってからは目まぐるしく時間が過ぎた。(それまでもだったけれど・・・。)
というのも、「ハワイ」らしいことをほとんどやっていなかったからだ。
宿は郊外にあるハワイ大学、その一郭にあるユースホステル。
受付はいかにも「大学生」といった感じの気さくなお兄さん達。宿はガラガラで、女性用のドミトリーは同室となった日本人の女の子と私たちのみ。(ということは他の部屋は空室。)おかげでバスもトイレも快適に過ごせた。
さて、ハワイといえば、もちろん海!
そのために、旅行前日本で購入したスノーケルまで持ち歩いていたのだから、なんとしても海に行かねば!と、サンゴ礁の広がるスノーケリングスポット、ハナウマベイに行き先を決定。

バスに揺られてたどり着いたそこは、一面に広がるサンゴ礁と青い青い海。
高台から湾を見下ろし、「うわぁ」と漏れたため息は、その美しい景色と、そこに混ざる人人人のため。
けれど、この観光客が払う入場料が環境保護の大切な資金源ともなっている、ということで、複雑な心境。
「サンゴは踏みつけないように」
と当たり前のガイダンスを得て海へ入るが、ほとんど不可能。というのも遠浅で、そこら中にサンゴ礁が広がっているのだから。
熱帯の魚は鮮やかで、目も心も奪われる。が、必死になって追いかけていると、すぐに見知らぬ誰かを蹴飛ばしたりするので注意が必要。
私たちはガイドブックの教えを忠実に守り、無謀にも炎天下、日焼け止めもつけず、もちろんノーメイクで立ち向かったが、ビーチではこれでもか!、と塗りたくる人々が……。
ハナウマベイの将来が心配。(そして、私の顔のシミも。その後、確実に増えた気がしないでもない……。)
さて、次に目指すはハワイアンフード、ロコモコ。
ご飯にハンバーグ、目玉焼きをのせ、たっぷりとグレービーソースをかけたやつ。折角なので、地元の人々御用達と紹介のあった、町外れのドライブインへ向かう。
昼ごはんを買いに来た人々が次々と買い求める列に合流。でも、皆が手にするプレートの大きさが半端ではない。
結局、ロコモコミニサイズとサイドメニューと書かれていたハンバーガーを注文。
思わず、どこがサイドやねん!と突っ込みたくなるような、メイン顔のボリューム。
観光地の悲しさ、気軽に座って、食べられる場所が見つからず、取り敢えず乗り込んだバスから見えた公園前で、急遽下車。どうにかランチタイム。
親子連れが公園の遊具で普通に遊んでいる光景は、国を越えて共通の、ほのぼの感いっぱいで、心和む。そして、心のお味は……。
グレーピーソースは確かにおいしい。でも、でも、日本人としてはこのベタついたご飯に納得できない。
ごはんなんて、柔らかくなってりゃいいでしょ、という感じの炊き方。これを是非、ふかふかのご飯にかけて食べたかった。
それから暑い夏!といえば冷たい食べ物!
アイスクリームを買い求めたものの、現地のお姉さんの早口についていけず、適当に「YES,YES」と答えて出されたものは…超甘いアイスクリームをチョコレートたっぷりのワッフルコーンに詰め込んだ、劇甘の一品。サイズのデカさを見越して、二人で一つを頼んでいたものだから、お互いに相手の英語力をけなし合い、アイスクリーム一つで険悪な雰囲気に……。
それでも、意地で食べきって、はっと気づけば、日暮れ間近。
そうだ!私たちにはまだやらなければならないことが!
ハワイといえばビーチ。そして南国のビーチといえば、地平線に沈む美しい夕日。
慌てて海岸までひた走る。
その間にも日はどんどん落ちて行く。
息を切らせながら海岸にたどり着くと、一大ショーは始まっていた。
赤い光に包まれて、黒く浮かび上がるやしの木のシルエット。
海水は煌きながら、沈み行く太陽に別れを告げる。たとえ隣にいるのが、ノーメイクで髪を振り乱した妹であったとしても、思わずロマンティックな気分に浸ってしまう。
灼熱の太陽と昼間の喧騒が嘘のように、穏やかで心地よい一時。
今更ながら、「ハワイ」に来ていたことを実感。
暗くなったビーチを裸足で歩くと、ひんやりと砂地が足に心地よくて、疲れも忘れる。
満ち足りた気分で宿に帰ると、昨日、チェックインの際にいた陽気(でハンサム)なお兄さんが走りよってきた。
そしていきなり、
「ね、君の母国語何?」
と聞いてきた。(何気ない一言だけど、この質問は奥が深い。日本にいるとつい忘れそうになるけれど、「何人」かと「母国語」は必ずしもイコールじゃない。)
唐突だったれど、この質問に気をよくした私は真面目に答えた。
「え、日本語ですけど」
「Oh,My God!」
私は訳がわからず、戸惑っていたが、とにかく来てくれ、というので受付へ。
すると、日本から電話してきた女の子と、すでに何十分も電話でやり取りしているが、こっちは日本語がわからない、向こうは英語がわからない、というわけで、今までに得た情報は彼女の名前と電話番号、それからどうやら宿を予約したいらしい、ということのみ。
気がつけば、私がスタッフと変わってその子と話をすることに。
かれこれ一時間ほどの国際電話。いくらかかるのかしらないが、その費用があれば、もっといい宿も泊まれるよなー、なんてことを考えながら、英語力に関わらず、国際電話をかけてきた彼女の勇気を尊敬。
海外で生活したことのある私でも、電話は最後の手段。よほど切羽詰った時しか使わない。(最後にしたのは、海外の航空会社のチケットをネットで予約したとき、誤って妹の名前の前にMRとつけていたことに気づいた時。)
もっぱらやり取りはメールに頼る。
その後、お兄さんに、
「よかったら、ここで働かない?日本人はよく来るんだけど、日本語できる人があまりいなくて、困ってるんだよ」
と口説かれて、ちょっと良い気分。特にハンサムな彼にそう言われたら、お世辞だとわかっていても、嬉しいもの。日本語には自信あるし!?
ハワイ旅行7日目 オアフ島 → 関空
そんな感じで、いよいよ帰国の日。
昨日お兄さんの
「よかったらお礼に明日、空港まで送ってあげるよ!」
という有難い申し出を断ってまでやりたかったこと。
それは現地の人もお勧めの絶品オムレツのため、モーニングを食べにいくこと。(私の心の中ではハンサムな彼より、オムレツが勝ったということ…。)
というわけで、必要以上に早起きし、ほとんど始発のバスに乗って街へ向かう。
店へ着くと既に行列ができていた。
飛行機の時間があるので、焦りながら順番を待つ。
やっと座って、とにかく注文。
出てきたのは、皿からあふれそうな特大オムレツと、シロップたっぷりのパンケーキ。
オムレツはふわふわ。シンプルな味付けだけに卵のおいしさが口一杯に広がる。文句なしにおいしい!
けれど、その量は尋常ではなかった。これでもか!と詰め込んだけれど、結局、半分ほどでギブアップ。
そして伝票をみて青くなる。
ガイドブックには確か、現金オンリーと書かれていた。
私たちは手持ちのお金とメニューを見比べ注文したはずだったのに、明らかに予算をオーバーしている。よくみると、追加されていたのはコーヒーの値段。
席に着くなりポットを持ったスタッフがやってきて、
「コーヒーいかが」
と聞くものだから、何も考えずに
「Yes」
と頷いてしまっていた。
そうか、やっぱり有料だったのか。
持ち合わせの現金全て合わせれば、食事代はどうにか足りる。でもチップは……。数セントしか残らない。ないよりましか、とジャラと小銭をテーブルに広げ、足早に席を立つ。
そしてレジの前へ。
あれ、今の人、カードで支払ってなかった???
もしかして……。
「カード、使えますか?」
「ええ、もちろん」
そんなら早く言ってよ!慌てて私は小銭を回収しに席へ戻る。代わりにドル札を置き、逃げるようにその場を離れる。
なんだか格好悪すぎるよー。
旅の最後もやはり、スマートには行かなかった私たち。
大人な旅ができる日は、果たしてくるのだろうか。
結局、捨ててしまった靴の代わりが買えず、ビーチサンダルで関空に降り立つ羽目になった私には、当分無理かな、と内心思うのであった。