ハワイへの旅 2日目②
- tripampersand
- 2016年4月12日
- 読了時間: 10分
無事にカヤックツアーを終えたは良いが、全身ずぶ濡れ。しかも、予想以上に時間がかかり(自分達のせいなのだが)、既に日は落ちようとしている。暗くなるまでにレンタカーを借りて、宿に向かうはずだったのに。
取り敢えず近くのショッピングセンターまで歩き、トイレで文字通り全身の着替えを済ませ、レンタカー会社へ行くためにタクシーを呼ぶ。流しのタクシーはいないので必ず呼びつけなければならない。が、疲れもあって、相手の言っていることがほとんどわからない。自分のいる場所はどうにか伝えたが、最終的にどこに迎えに来てくれるのかもわからないまま電話を切り、妹に怒られる。というのも、駐車場が結構広く、入り口も何箇所かあったからだ。
結局、どこからタクシーが現れても見つけられるよう、薄闇の中荷物を抱え、あっちへうろうろ、こっちへうろうろする羽目になった。しばらくして、はっと振り返ると、先ほどまで後ろを歩いていた妹がいない!身長150センチ未満(それ以上は企業秘密)の背の低い妹(自分のことは棚に上げておく)を、並んだ車の間を縫って探す。この間にタクシーが来たらどうしようと気は動転。なりふり構わず妹の名を大声で叫ぶ。しばらくすると一台の車が目の前に現れ、その陰から妹も顔を出した。
「ちょっと、タクシー来てるのに、何やってんのよ、もう!」
と、こちらの心配を余所に小言を言われながら、タクシーに乗り込む。誘拐・・・・・・のわけないか。こんな金持ってなさそうな私たちやし。
レンタカー会社はカウンターがやたらと高く、こちらはほとんど背伸びしてやり取りを交わさなければならなかった。受付のお姉さんからは私達の首しか見えていなかったことだろう。
「車はその辺においてあるから。ダメージチェックして、書き込んどいて」
と紙を渡されたものの、暗くて傷があるのかどうかもわからない。まあいいや、と乗り込むが、当然ながら、左ハンドル。
「え、ハンドブレーキどれ?えっ、ライトどうやってつけるの?あれ、このボタン何!?」
運転を始める前からドライバー(妹)の緊張がこちらに伝わってくる。
そして、いざ、出発。
暗闇では地図も見えない。妹に「こっちであってるやんな!」と聞かれる度に、「う、うん!」と頷くものの、本当は全く自信なし。
怖くて左折ができないと妹が言うので、どうにか右手に見つけたケンタッキー(KFCと呼ばれている)で食料調達。二人とも疲労のあまり思考能力ゼロ。メニューを前に立ち竦むこと数分。店員の冷たい視線を浴びながら、テイクアウト。お腹は空いていたが、今は少しでも早く宿にたどり着いて体を休めたい気分だった。
道は舗装こそきれいになされているものの、幅が狭く、中央線もほとんど消えかかっている。街頭さえない暗闇の中を道路だけが先へと続く。島全体が山のような土地なので、アップダウンやカーブが頻繁にあり、前を走る車がいなくなると、もはや車道を走っているのかも疑わしい。
「怖い!怖い!」と半泣きの妹。それもそのはず。メーターを見る勇気がなかったが、車の揺れからすると百キロは出ている。それでも、他の車よりはゆっくり走っている。後ろから来る車にすぐに追いつかれ、張り付かれるため、これ以上はスピードを落とすわけにいかなかった。その上、慣れない左ハンドルのせいか、まっすぐ走ることができず、車体は右に寄っていく。助手席(右側)に座る私は、命の危険をヒシヒシと感じる。顔は引きつり、緊張のあまり息も苦しい。
十分が一時間にも感じられる中、妹が
「・・・目的の街って、もしかして、もう通り過ぎたんちゃう?」
確かに、いくつかの(恐らく)街を走り抜けた。
「え、まさか・・・・・・」
この暗闇では標識があったとしても、見過ごしている可能性は大きい。
「じゃ、地図見るから、止まって」
「このスピードじゃ、無理!」
私は目を皿のようにして、止まれそうな場所を探す。
「ほら!今!とまって!!!」
ほとんど急ブレーキで、強引に車を止める。
見ると妹は顔面蒼白で、手が震えている。
私も泣き出したい気分だったが、何として目的地まではたどり着かなければならない。このまま進むべきか。引き返すべきか。
すると、後ろから一台の車がスピードを落とし、近づいてきた。辺りは真っ暗で、何もない。そして、私達の車の後ろにピタリと停車した。
ドアを開く音がした。足音が近いてくる。息を詰める私達。そして、座席横の窓が叩かれる。なんか映画のワンシーンでよくあるよな。ちょっと、すみません。とか言って窓を開けた途端、銃を突きつけられたりするんだ。そう、ここはアメリカ。銃社会。
「どうしたの?大丈夫」
ゆっくりと窓ガラスを下げ、恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのはかわいらしい女性だった。慌てドアを開けて車内の明かりをつける。
「道に迷ってしまって・・・…」
「どこに行きたいの?」
私達が持っていた簡単なドライブマップと、宿までの道順が書かれたメモ(地図は無し。右手に見える大きなタンクを通り過ぎるだの、次の郵便ポストを右だの文章で書かれている)を差し出す。
「近くまでならわかるから、私について来なさい!」
そう言って、彼女は車に戻って行った。
はい!もちろん!ついて行きます!どこまでも!
ほっと一安心、と思いきや、彼女はもう車を動かしている。まだシートベルトも付けていない私たちは焦る。そして、この後、もっと焦ることになる。
そう、彼女はスピード狂だった。いや、地元民は皆、こんな感じなのかもしれない。とにかく速い。アクセル全快。もう何も考えられない。考えたくない!ひたすら彼女の車の赤いランプを追いかける。
一体どのくらい走っただろうか。とある町の一角にある売店の前で、彼女は止まった。 突然のことで、きれいに駐車、なんて芸当ができるはずもなく、ほとんど店の入り口を塞ぐような格好で私達も車を止める。
「ちょっと待ってて。店の人に聞いてみるわ。私が知っているのはこの街までだから。」
放心状態の私達を余所に、すたすたと店へ入っていく。我に返った私がどうにか車を降りると、既に店主と話をつけていた。
「さっきの紙、見せて」
書いた本人自認の(わかりにくくてごめんなさい、とメモにあった。)曖昧なメモを、言われるがままに手渡すと、受話器を手に取り、ダイヤルを回し始めた。
「もしもし、あの、この街で店をやっているものですがね・・・」
そして何やら知らぬ間に交渉成立。
「宿の人が迎えに来てくれるそうだから、あんたたちはここで待ってなさい」
「よかったわね。私は用事があるからもう行くわ。じゃあね」
迷える子羊をここまで先導してくれた女性は、そういって店を後にした。そんな命の恩人に、私達はただただThank Youを繰り返すしかなかった。
彼女が去った後も、店の前で迎えの車を待つ私達。店の入り口から店主(勝手に銘銘。肝っ玉母さん)が心配そうに見つめている。
「大丈夫よ。待ってれば、絶対来るから」
なんて言葉を、時折かけてくれたりする。思わず、デパートで親と逸れ、店内放送してもらった後、泣きながら迎えを待っている子供を思い浮かべる。今、二十云歳の立派な大人です、といっても誰も信じてくれないだろう。
来るとわかっていても不安は消えず、店の前を通り過ぎる車を絶え間なくチェックしていると、一台の乗用車が店にやってきた。思わず身を乗り出す。
車から出てきた男性は、陽気に肝っ玉母さんと挨拶を交わす。どうやら知り合いのようだ。しばらく二人して店の中に消えた。その間に私たちの事情を聞いたらしく、店から出てくるなり話しかけてきた。
「そこまで、ピザを取りに行ってね。一人で食べ切るにはちょっと多いもんだから、彼女におすそ分けに来たってわけよ。あ、そうだ。あんたらもお腹、空いてんだろ?ほら、出来立て熱々。旨いから食べてみな」
そういって差し出されたピザの匂いは、何とも魅力的だった。気がつけば、まともに食事したのはカヤックツアーに参加する前。
今はもう八時を回っている。緊張で忘れていたが、お腹はもちろん空いている。でも、私たちまでいただいてしまうと、彼(親分と名付けよう)の取り分は半分になってしまう。どうしよう。と迷っているうちに気がつくとふた切れのピザが手渡されていた。
「あ、ありがとうございます」
と恐縮していると、更に、
「おお、そうだ。咽喉も渇いてるよな。ちょっと待ってろ」
車に戻った親分はトランクを開け、何やらごそごそ。
「ほら、コーラも飲むだろ。ダイエットコーラだからカロリーも心配なし。遠慮するな、まだまだあるから。冷たくて、旨いぞ」
年季の入った愛車のトランクに積むはダイエットコークの詰まったクーラーボックス。謎だ・・・。
しかし、はっきり言って、問題はダイエットコーラかどうかでも、冷えているかでもない。私はコーラが飲めないのだ。いえいえそんな、お気遣いなく、という私の反応を純粋な遠慮と受け取った親分は、容赦なく2本のコーラを押し付けた。
「道に迷ったんだって。何だったら、俺んとこ来いよ。まだピザもコーラもどっさりあるしな」
「ちょっと、あんたたち気をつけなさいよ。ほら、もう帰った、帰った」
笑いながら出てきた肝っ玉母さんに追いやられ、
「まあ、楽しんでいきな。この島に来たこと、歓迎するぜ」
と意気揚々、帰っていった。
私は、赤ら顔の彼の後姿がちょっぴり心配になった。アルコール入りでこの道をあのスピードで飛ばすのか。ほんと、お気をつけて。
そうしてとうとう、待ち人来たり。
赤いジープでやってきたのは、ワイルドな雰囲気が魅力的なイケメン!どうもお世話になりました、と店の人にもぺこりと挨拶。手を振って別れを告げて、いざ出発。
後は彼に着いていくだけ、一安心。と思いきや、
「ねえ、迎えに来た車って、あんなんやったっけ」
妹が発した一言に凍りつく。
前方を走るのは・・・・・どう見ても赤いジープではない。
「えーっ!!!」
走り始めてまだ一分と経っていない。どこをどうやったら見失えるのか。
「っちょっと、何やってんのよ!なんで見てみてなかったん!」
「どうしよ!どうしよ!どうしよ!」
焦りすぎて会話も成り立たない。
「と、と、取りあえず引き返そう!Uターン。早くUターンして!」
「そ、そんなこと言ってもこのスピードで無理やわ!」
「とにかく、やるしかないやろっ」
人間、やればできる。どうにか急ブレーキで強引に左折。私達は右側を走っているので。対向車を見極めつつ、後続車に追突されず左折できたのは、今思えば神業。
数分後、お馴染みとなった店と道路を挟んで反対側に車を止めていた。店の人に目撃されたら恥ずかしすぎる失態。
結局、この判断は正しかった。程無くして、見覚えのあるジープが前方に止まり、笑顔でお兄さんが降りてきた。彼も焦ったことだろう。どうやら出発してすぐ、方向転換のため彼は右折したようで、それに気づかず私たちは直進していたのだった。
今度は彼もゆっくりと発進。妹もピタリとついていく。そして進むは森の中。途中からは舗装もされていない。もちろん街灯も全くない。車一台どうにか通れる細い道を上へ上へ。獣の一匹や二匹飛び出して来て(そして踏みつけて)もおかしくない。そんな山道を通り抜け、たどり着いたのは高台にある一軒家だった。
「まあ、まあ、よく来たわね」
出迎えてくれたのはグリーンの瞳が優しげな女主と、スレンダーでキュートな女性。迎えに来てくれた男性はどうやら彼女の彼氏。
宿は想像以上に素晴らしかった。
宿主の人柄を映すかのような、穏やかな光に照らされるウッドテラス。それを囲むように並ぶ客室が私達を温かく迎え入れてくれた。
部屋に足を踏み入れて、おもわずため息。山小屋風に、三角に傾斜した屋根をどっしりと木の梁が支え、心地よさそうにファンが回る。入り口と反対側は一面窓で、雄大な景色を一望できる。トイレ&シャワールームも開放的な白いタイル張りで、大きな窓が部屋から続く風景を楽しませてくれる。部屋の中央には大きくてフカフカのベット。このまま倒れ込みたい誘惑を抑え、いただいたピザの残りと冷え切ったチキンで遅い遅い夕飯とする。
後はカヤックでずぶ濡れになった体をきれいにしなければ。
ここで大変なことに気がつく。
赤い。そして熱い!
そう、私たちは見事に日焼けしていた。特に短パンだった妹の日焼け振りはすさまじく、水でシャワーを浴びた後、濡らしたタオルで熱を取るべく奮闘するが、今更手遅れ。化粧水を振るかけてみるも効果はなし。
「なんか、なんか、ないの!!!」
の叫び声にふと思い至ったのは……。
「――これ、どうかな」
その名はムヒ。
「ほ、ほら、「炎症」に効くって書いてあるし」
疑わしそうな妹も背に腹は変えられないと思ったのか、真っ赤になった肌に塗りつけ始める。
「どう?効き目ありそう?」
「まし…になった気もする」
じゃ、私も試してみよう。と実験台の妹の反応をみて、私も塗ってみる。確かにほてりが治まったような、いないような……。顔はそれほどではなかったのが不幸中の幸い。この時の日焼け跡は旅の思い出として、今も私の左足に残っている。
こうして、長い長い一日は、ムヒの強烈な匂いに包まれて、幕を閉じた。
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