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ドイツへの旅 5日目② コーブルク

  • 執筆者の写真: tripampersand
    tripampersand
  • 2016年5月20日
  • 読了時間: 4分

 カフェテリアの一角に据えられたパソコン。そのインターネット回線は90年代を思い起こさせるようなスローな働きぶりだった。些細なことで妹と口論になりながら画面を見つめるものの、思うように見つからない。

 使用料を払った三十分が経とうとする頃、一人のおじさんが近づいて来た。

 年は五十代後半くらい。もじゃもじゃのひげにくたびれたジャケット、年季の入った小さなトランクを抱えている。胡散臭さが全身から漂っている。

「$%#!!」

 ドイツ語はわからないと言っているのに(英語なので通じていないと思うけれど)構わず話しかけてくる。  第二外国語がドイツ語だったという妹が必死に十年前の記憶を辿って、どうにか理解(想像)したところによると、自分が泊まっている宿を紹介してくれるという。

 おじさんは私達のためにわざわざお金を払ってネットに接続し、宿のサイトを開いて見せてくれた。

 それから付いて来い、と身振りで示し、店を出て行く。

 チラッと見えたトランクの中身がボロボロのパンフレットや紙(ごみ?)だけで、胡散臭さに拍車がかかったものの、他に縁のない私達は慌てて彼を追いかける。その宿まではバスに乗って行くらしい。(妹の解釈によると。)

 宿に本当に空き室があるのか。この街からどのくらい遠いのか。何もわからない。

 そもそも、小さいときに教えられたはず。

 知らない人に、付いて行ってはいけません。

 詳しいことを聞こうと試みるも、全く通じない。

 バス停に着いてしまった以上、バスが着たら乗るしかないのか……と不安に思っているところへ、大学生らしき女の子がやってきた。

「あの、ちょっと、すみません!」

 慌てて話しかけ、これまでの事情を説明すると、英語も堪能な彼女がおじさんに通訳してくれた。

 更に携帯を持っているから、部屋が空いているか確認してくれるという。

「大丈夫だって、空いてるよ」

 気さくな彼女の笑顔に安心し、更に注文を付けてみる。

「あの、私達、まだこの街の観光していないので、後から行くって伝えてもらえますか?」

 そうしてどうにかおじさんと別れ、今夜の宿も確保したので、改めて街へ向かうことにした。

 コーブルクに到着して、既に3時間が経過していた。

 疲れ果てていた私達は、とりあえずお茶することにしてカフェに入った。入ったはいいけれど、ここでもウェイトレスのお姉さんに英語が通じない。

 メニューはドイツ語。唯一まともに理解できたアイスを頼む。

コーブルクの街並

 人心地ついて街を歩くと、その良さがわかって来た。

 通りにはかわいい雑貨屋やちょっと気になるレストランが並んでいる。人気のない細い路地にも殺伐とした空気はなく、街全体がのんびりと休日を過ごすには打って付け。

 私達は軽く夕食を調達してからバスに乗った。

 バスの運転手に、おじさんがメモしてくれた宿の名前を見せるとわかったように頷いたから、もしかして、この辺りでは有名な宿なんだろうか。

 ドイツ語のホームページを見たとはいえ、どこにあるのか、どんな場所なのか私たちにはわからなかった。その上、日が暮れて暗くなってしまったから、不安は膨らむ一方だ。

 そんな私達の胸中などお構いなしに、バスは街中を抜け、郊外へと快調に走る。街からはどんどん離れてしまう。

 徐々に乗客が少なくなった頃、バスが止まり、運転手が振り返った。

 どうやら、目的地に着いたようだ。

 辺りは一面、霧に包まれていた。

 バスを降りたすぐ目の前、霧の中に浮かび上がる建物から賑やかな声が零れて来る。

 きっとここに違いない。ここでなかったら、もう見つけられない。

 周囲を流れる水路から、鼻に纏わりつくような、何ともいえない匂いが漂ってくる。

 野宿を避けられるのならどんな場所でも良いから宿が見つかりますように、と心の底から祈ったが、その祈りを今から撤回しても許されるだろうか。

 ドアを開けると、途端に私達は好奇の目に晒された。

 お世辞にも上品とはいえないスタッフの一人が何の用かな、と聞いてくる。

「あの、今晩、泊まりたいんですけど」

「え、今晩?いや、無理だよ。空いてない」

 何、またしても!?

 もう辺りは真っ暗で霧も出ている。

 ここまで来て諦めたら本当に野宿になってしまう。

「でも、さっき電話したら、空いてるって言ってましたよね!ドイツ人の女の子が電話したはずです!」

「あれ、いや、ああ、ほんとだ。空いてるよ、一室」

 鍵が違うとこに入ってたよ、なんて大げさなジェスチャーをしてみせる彼。

 カウンターにいる他のスタッフもにやにや笑いながら私達のやり取りを聞いている。

 こっちは肉体的にも精神的にも冗談に付き合う余裕なんてない。

 とにかく部屋は確保できた。早速、向かおうとすると、カウンターにいた別のスタッフが

「謝謝!」

と言葉を投げてきた。

 日本人です!と訂正する気力も最早ない。

コーブルクでおじさんに紹介された宿

 部屋は思ったより清潔で、手作り感漂う木製の調度品でまとめられていた。バスルームもとても狭いけれど、一応、室内についている。

 ただ、もの凄くタバコ臭い。

 持参してきたフレグランスが役立つ時が来た。

 ここぞとばかりに噴射しまくる。

 結局、おじさんには素直に感謝することにして、目まぐるしい一日を終えた。

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